2024/06/05 23:26
CYMA Graficが入荷しました。
このモデルについて少し深堀してみたいと思います。
その前にまずはシーマの特徴についてお話しします。
店主はヴィンテージのシーマがスイス版シチズンであるとちょくちょく書きます。
その理由は、妥協のない時計でありながら、一般大衆にも普及する作りを採用しているためです。その代表がメッキ仕上げの時計外装でしょう。
時計の外装に現在の様なステンレスが採用されたのは1930年代以降です。ステンレスを採用した時計は、その製造コストゆえに、一般大衆の手の届かない価格になることが多くありました。
ロレックスはその代表です。外装も機械も一級品でしたが、その使用者は探検家や医者など、プロフェッショナルがほとんどでした。
チュードルはそのような状況を打開するために生まれたサブブランドです。結果としてチュードルでは、機械を汎用品、外装にロレックスのものを採用することで大衆化を果たしました。
そこでシーマが行ったのが前述した外装のコストダウンです。しかし、コストダウンが図られたからと言って、決して安かろう悪かろうなものとはなりませんでした。
機械はあくまで一級品。時計にかかる衝撃を吸収する耐衝撃機構に、自社開発のCYMAFLEXを搭載、機械自体も自社で開発製造したものでした。このようにすべてを自社開発するメーカーはマニュファクチュールと呼ばれ限られています。
結果として、CYMAはロレックスとは別の方法で大衆化に成功しました。戦後すぐの日本にも多く輸入されており、日本人にとっても手の届く舶来時計であったと考えられます。
本場スイスの技術力を普及させようと努力したCYMAは、店主の好きなメーカーの一つです。
日本のシチズンは英語表記にすると、Citizen(=市民の意)で、一般大衆に寄り添う時計を目指して名付けられています。この消費者に対するひたむきな姿勢が似ているなと感じます。
では、本題のこのモデルの深堀に移りたいと思います。
Grafic(ルーマニア語)=Graphic(=視覚表現)を意味するモデルです。同様のモデルネームは、同じSYNCHRONグループのDoxaも採用しており、共通のものが見受けられます。
Graficの特徴としては、なんといってもこのシンプルな文字盤デザイン。バウハウスデザインを意識していると言われていますが、そのデザインの意味については、もう少し深堀してみましょう。
1960年代中期、海外においてアールデコ(バウハウスルーツ)が再度評価されるようになり、直線的で無駄のないデザインが流行していくのが60年代後半でした。
同時期には世界的にもデザインの飽和によって一度基本に立ち返る必要が生じたと考えられます。バウハウスの理念は「形式は機能に従う」つまり、機能に必要のない華美な装飾は排除されつつありました。
1960年代後半は、宇宙やレトロフューチャーが意識される時代。時計のプロダクトデザインにおいては、直線や直角だけではなく、人間工学の要素を取り入れた球体や流線型がトレンドでした。60年代~70年代のデザインはバウハウスデザインの進化系であると言えます。
この個体に戻りましょう。
中央から外周部に伸びる線は計12本、その先にあるのが切り立ったインデックスです。
ここで分かるのはこの時計の視認性の高さ。一目見ただけで時間を読み取ることが可能であり、かつ斜めからでも正確に計時できます。このディテールは、バウハウスデザインを前面に打ち出したものといえます。
そして特筆すべきは、日付機構の位置。
6時位置に設定されており、この位置取りのおかげで見事なシンメトリーとなっています。この点は、Doxa版のGraficとは一線を画すものです。
Doxa版では、メーカー表記が4時5時の間に存在し、日付機構がその対照の10時11時の間に存在します。
一般的な腕時計では、左腕に時計を着用したときに読み取りやすいように、3時位置に日付機構が設けられていますが、その機能を美観のために移動してしまいました。
ここまでストイックにバウハウスの精神を体現した時計はないのではないでしょうか。
ケーシングも以下の写真のように、大変面白いものとなっています。
↑ケースを分解したところ
↑ケースバック(裏蓋)
あえてスクリューバックにせず、このように手間のかかるスナップバックにしたのは、少しでも均等に見せるため。
スクリューバックにしてしまうと、切り欠きが美しさを崩してしまうと考えたのでしょう。
細部まで抜かりがなく、文字盤デザインだけでなく、ケースまで完璧にデザインした素晴らしい時計だと思います。
バウハウスの精神を身に纏いたい方、おすすめです。
こちらはオーバーホール後のお渡しです。納期に1.5か月ほど頂戴します。半年間の動作保証が付きます。